海外での店舗経営や事業展開を夢見る方も多いのではないでしょうか。しかし、言語や文化の壁、法律や商習慣の違いなど、国内とは全く異なる環境でビジネスを成功させるのは容易ではありません。
本記事では、フィリピン・セブ島で語学学校を経営し、その後不動産事業にも進出した佐藤大悟さんにインタビューを実施。海外事業における失敗や苦労、そしてそれを乗り越えるための心構えについて貴重なお話を伺いました。
テニススクールの経営から始まり、フィリピンでの語学学校設立、不動産事業、レストラン経営の挫折など、多彩な経験をされてきた佐藤さんの言葉には、これから海外事業に挑戦したい方々への重要なメッセージが込められています。
プロフィール:テニスコーチから国際ビジネスマンへ
店舗経営者プロフィール

名前:佐藤大悟さん
店舗名:Firstwellness English Academy Inc
従業員数:約50人
SNS:https://www.facebook.com/kirihara.g.a/info/
佐藤大悟さんは、27歳の時にテニススクールを立ち上げたことからビジネスの世界に入りました。神奈川県川崎市高津、千葉県北柏、東京の用賀の3拠点でテニススクールを展開していましたが、2011年の東日本大震災を機に大きな転機が訪れます。
「震災後はテニスをする雰囲気ではなくなり、施設利用にも制限がかかってきました。このままではまずいと考え、当時勉強していた英語を活かして、フィリピンのセブ島での語学学校設立を決意しました」
それまでオンラインでフィリピン人と英語を勉強していた佐藤さんは、2011年にセブ島に渡り、語学学校をスタート。その後、不動産事業にも進出し、レストラン経営にも挑戦するなど、多角的にビジネスを展開されてきました。
2016年には語学学校を書店大手に売却し、その後は高麗人参サプリメントの販売会社を共同で立ち上げ、2022年にこちらも売却。現在はフリーランスとして投資銀行のサポートや不動産コンサルタントなど、多岐にわたる事業に携わっています。
海外事業への挑戦:「選択肢がなかった」という原動力

ーーテニスコーチから急に海外事業に踏み切った経緯を教えていただけますか?
佐藤さんがフィリピンでの事業に踏み切った背景には、意外にも「選択肢がなかった」という切実な状況があったといいます。
「当時持っていたスキルはテニスと英語だけでした。震災後、テニススクールの経営は厳しくなる一方で、自分が好きなもので生計を立てるとなると英語しかなかったんです。選択肢がなかったからこれをやらざるを得なかった、それが本音です」
海外で事業を始めるにあたり、佐藤さんも最初は多くの不安を抱えていたといいます。セブ島に行ったことがなく、現地の状況もよく分からない中での起業。
しかし、その不安を跳ね返す「やるしかない」という強い決意が、すべての原動力になったのです。
開業準備と初期投資:日本とは異なる難関

語学学校の立ち上げにあたり、佐藤さんは国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)から資金を借り、約600〜700万円の初期投資で事業をスタートさせました。
「WEBサイトの作成、ホテルの一部を借りるための敷金や頭金、スタッフの給与など、最初にかかった費用は600〜700万円程度でした。テニススクールの時はコートを借りるだけだったので、初期費用は150万円程度で済みましたが、海外での事業はやはり初期投資が大きくなりますね」
しかし、お金の問題以上に大きな壁となったのは、現地での様々なトラブルでした。
ーー初めての海外事業は不安なことばかりだったかと思います。何かトラブルはありませんでしたか?
「最初に場所を探すときに頼んだコンサルタントとのトラブルで、契約金70万円が無駄になったり、教室のパーテーション用の資金を保管していた金庫が壊されてお金を盗まれたりしました。さらに、そのコンサルタントの父親が圧力をかけてきて、私の名前がフィリピンの入国審査のブラックリストに載せられるという事態にまで発展しました」
こうした日本では考えられないようなトラブルが次々と発生する状況の中、佐藤さんは「これがフィリピンでのビジネスの現実だ」と受け止め、前に進み続けました。
「選択肢がなかったので、嫌でもやるしかなかった。小さなことは気にせず、とにかく突き進むしかなかったんです」
ビジネスモデルと差別化戦略:「ハイエンド」で勝負
ーー事業のターゲットは戦略はどのように考えていたのでしょうか?
語学学校の運営にあたり、佐藤さんが採用した戦略は「ハイエンド路線」でした。当時のフィリピンの語学学校は、宿泊施設の質が低く、講師の質もそれほど高くないものが多かったといいます。
「他の学校は、1つの部屋に5人が泊まるような宿泊施設で、ゴキブリやネズミが出る、食事もまずいという状況でした。そこで私は、ホテルの一部屋に1人か2人で泊まれるようにし、講師も経験5年以上でライセンスを持っている人に限定するなど、敷居を高くしました」
この戦略は、テニススクール経営時代にも実践していたもので、少人数制で値段を少し高めに設定し、サービスレベルを高めるというものでした。

「当時の一番値段が高い語学学校にしました。その結果、質の高いお客さんが来るようになり、口コミで評判が広がっていきました」
開業後の苦労:「海外では問題が起きるのは当たり前」
語学学校は、最初はわずか3人の生徒からスタートしましたが、徐々に評判が広がり、生徒数も増加していきました。しかし、ビジネスが軌道に乗り始めた後も、様々なトラブルが続きます。
ーーオープン当初はどのような状況でしたか?ギャップなどはあったのでしょうか。
「生徒さんの持ち物が盗まれたり、スリに遭ったり、食中毒になったりといった問題が日常的に発生しました。日本では考えられないようなことが、毎日のように起こるのです」
しかし佐藤さんは、こうした問題に一つ一つ対応しながらも、大きな目標を見失わず前進し続けました。
「一つ一つのトラブルに気を取られていたら前に進めません。殺されなければいいや、という気持ちで取り組みました」
この「問題は起きて当たり前」という心構えが、海外での事業を成功させる重要な要素だと佐藤さんは強調します。
人材採用と育成:「ずぶとさ」が必要な人材

海外での事業運営において、適切な人材の確保は非常に重要です。佐藤さんは日本人スタッフについて、次のような基準で採用していました。
「フィリピン人とのコミュニケーションがあるので、少しでも英語が話せる人。そして空港へのピックアップなど機敏性が必要な業務が多いので、問題が起きてもすぐに対応できる人を重視しました。フィリピンにいる日本人は変わり者が多く、繊細な人はそもそも海外に出ていかないので、ずぶとい人たちと一緒に働きました」
講師陣については、他校より高い報酬を提示することで質の高い人材を確保し、フィリピン人マネージャーは他校での経験者を採用するなど、戦略的な人材配置を行っていました。
失敗から学んだこと:「集中」の重要性
ーー当時を振り返ってみて「これが失敗だった」と思うようなことはありますか?
2016年に語学学校を売却するまで、佐藤さんは語学学校事業と不動産事業を並行して行っていました。振り返ってみると、これが唯一の「後悔」だと話します。
「不動産はお金になったので楽しくて、両方やっていました。でも、語学学校に集中していればもっと大きく成長させられたかもしれません。同じタイミングで始めた他の学校と比べると、うちの伸び率はちょっと遅かったんです」
この経験から、佐藤さんは「事業に集中することの重要性」を学んだといいます。しかし同時に、「その時に一番良いと思ったことをやった」とも振り返り、過去の決断を肯定的に捉えています。
海外事業成功のための3つの心得
最後に、これから海外で事業を始めようと考えている方へのアドバイスを伺いました。佐藤さんは次の3点を強調されました。
- 英語は最低限マスターすべき
- 問題は起きて当たり前という心構え
- その国のやり方を尊重する
1. 英語は最低限マスターすべき
「どの国に行くにしても、英語は最低でも勉強しておくべきです。ビジネスの世界では英語が共通語ですから、現地の言葉ができなくても、英語ができれば何とかなります」
2. 問題は起きて当たり前という心構え
「特に東南アジアでビジネスをするなら、小さいことは気にしない、問題が起きるのは当たり前という心構えが大切です。気持ちの持ちようで、同じ状況でも楽しいと感じるか苦しいと感じるかが変わります」
3. その国のやり方を尊重する
「郷に入れば郷に従え。その国特有のやり方があるので、日本のやり方を強制せず、現地の慣習を尊重することが大切です。例えばフィリピン人はプライドが高いので、人前で叱ることは避け、個別に話をするなど、配慮が必要です」
まとめ:「人間、死ななければなんとかなる」
佐藤さんが海外事業を通じて得た最大の学びは、「人間、死ななければなんとかなる」という言葉に集約されます。
「どんな成功をするかは、今やっていること、明日やることの積み重ねです。強い気持ちと大きな目標を持って、間違いなら方向転換し、間違いでなければ辛くても努力し続ければ、大きな成功がつかめます」
海外での事業展開は確かに困難が多いですが、その分得られるものも大きい。佐藤さんの経験は、海外事業に挑戦しようとする人々に大きな勇気と指針を与えてくれるでしょう。
編集後記

今回の佐藤さんへのインタビューを通して、海外事業の難しさと同時に、その可能性の大きさを改めて実感しました。特に印象的だったのは、数々の困難に直面しながらも「選択肢がないから前に進むしかない」という強い意志で道を切り開いてこられた姿勢です。
国内事業と異なり、海外での店舗経営は文化や言語の壁、予想外のトラブルなど、様々な困難が待ち受けています。しかし、佐藤さんのように「問題は起きて当たり前」という心構えで臨めば、どんな状況も乗り越えられるのだと教えられました。
これから海外進出を考えている店舗経営者の方にとって、この記事が一つの指針となり、勇気を与えるものになれば幸いです。海外事業は確かにリスクもありますが、適切な準備と心構えがあれば、大きな成功につながる可能性を秘めています。
本記事は実際の店舗経営者へのインタビューをもとに作成しています。
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