京都・祇園で納豆創作料理専門店「夏豆」を4年半経営した夏見奈央子さん。
食品メーカーでの営業経験を経て、海外の人々に納豆の魅力を伝えたいという想いから開業を決意した。
しかし、開業直後に訪れたコロナ禍、祇園特有の「よそ者」への風当たり、そして従業員との温度差――様々な困難を乗り越えた彼女の経営術には、これから店舗を開業する人にとって学ぶべきポイントが詰まっている。
今回は、成功の裏にあった苦労と、彼女が後悔する「失敗」について率直に語っていただいた。
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夏見奈央子さんのプロフィールと「夏豆」の概要
「大学卒業後、食品メーカーで4年ほど営業とメニュー開発をしていました。その後、京都・祇園に納豆料理の専門店を開業しました」
そう語る夏見奈央子さんが経営していた「夏豆」は、京都の祇園に位置する納豆料理専門店だ。

なぜ納豆専門店なのか?
夏見奈央子さんの納豆への情熱は、幼少期の体験に端を発している。
「実は子供の頃は納豆が嫌いだったんです。和歌山出身なんですが、和歌山県って納豆の消費量がワースト1位なんですよ」
納豆を食べない地域で育った彼女だが、母親が無理やり食べさせ続けた結果、ある日突然「美味しい」と感じる瞬間が訪れた。
「そこからもう中毒みたいになって、納豆ないと震えてくるみたいな状態でした(笑)。大学時代に留学した際も、日本から納豆を送ってもらっていました」
転機となったのは、留学中に海外の友人に納豆を食べてもらった時のこと。
「みんなトイレに駆け込むような反応で。その時に自分も昔は嫌いだったことを思い出したんです。でもこんなに好きになれるのに、と思って。じゃあもっと苦手な人を好きにしてあげたいな、と」
日本の伝統食である納豆を、観光客にも気軽に楽しんでもらえる店を作りたい。その想いが、京都・祇園での開業につながった。
「台湾の臭豆腐ってご存知ですか?観光客として食べてみたいけど、わざわざ買って食べるまではいかない。納豆もそれと同じで、ふらっと寄って美味しい体験ができるお店があれば、海外の人も納豆を好きになってくれるんじゃないかと思ったんです」
なぜ京都・祇園を選んだのか
ターゲットを海外の観光客に定めた夏見奈央子さんにとって、立地選びは明確だった。
「外国の方をターゲットにしたので、京都の観光地に絞って物件を探していました。祇園と清水寺の切り替わりのところで、観光客が多く通るエリアでした」
看板にも工夫を凝らした。
「海外の人向けには「keep calm and try natto」(海外ネタのパロディ)という大きな英語の看板を作って、日本人向けには『納豆と酒』という提灯を出しました。キャッチーなフレーズは話題になると思って意識しましたね」

開業までの道のり―食品メーカーでの「学び」と福岡での「修行」
夏見奈央子さんの開業への道のりは、会社員時代から始まっていた。
「食品メーカーに入社した時点で、お店作りのノウハウを学びたいと思っていたんです。仕事をしながら『こうやって店をやったらいいんだ』というのを勉強していました」
同時に、納豆をテーマにした店のコンセプトをまとめ、Instagramアカウントを作成し、家で試作を重ねる日々。そして、並行して物件探しも続けていた。
「1年ぐらい探してなかなかいい物件がなかったんですが、ちょうどいい物件が出てきたタイミングで会社を辞める別の理由もあって。そのタイミングが重なったのですぐに契約しました」
しかし、契約後は空家賃が発生する状態。すぐに開業する必要があった。
「修行はしたかったので、ずっと通っていた福岡の納豆料理店にお願いして、横浜からマンスリーマンションを借りて1ヶ月だけ修行させてもらいました。それですぐに京都に戻ってオープンしました」
この行動力とスピード感が、夏見奈央子さんの経営スタイルを象徴している。
開業資金は300万円―初期費用を徹底的に抑えた戦略
「私のビジョンに賛同してくださる方がいて、開業資金は出資いただきました。かなり抑えて初期費用は約300万円でした。」
夏見奈央子さんが初期費用を抑えられた最大の理由は、「居抜き物件」の活用だった。
「居抜き物件で、机も椅子も冷蔵庫も全部そのまま使いました。古いけど自分で綺麗にして。正直、こだわりは全然反映できなかったです」

理想のライトや家具、内装デザインはあった。しかし、それらをすべて諦めた。
「もっと暗い部屋でこういうライトで、というイメージはありましたけど、全部捨てました。まず成功させることが大事だから。成功したら次のステップで綺麗なお店を作ればいい」
失敗談①:開業当初の苦難―誰も来ない日々と祇園の「壁」
開業後、夏見奈央子さんを待ち受けていたのは厳しい現実だった。
「もう全然ダメでしたね。コロナ禍が直撃してしまい、開店直後に休業せざるを得なくなりました。」
さらに祇園という土地特有の壁にもぶつかった。
「京都の祇園のような、特別な土地の色を事前に知っておくべきだったなと思います」
結果、誰も来ない日々が続いた。
「1週間お客さんゼロの時もありました。本当にやめようかなって何回も思いました」
ヤフーニュースが転機に―開業から半年後にようやく光明
厳しい状況が続いたが、開業から半年後、転機が訪れた。
「ヤフーニュースの記事を書く人が来てくださって、インタビューしてくれたんです。それをグルメ雑誌系の人たちが見てるみたいで、そこから京都のグルメ雑誌、関西ウォーカーなど、いろんな雑誌が来てくれるようになりました」
メディアに掲載されると、集客が一気に増えた。
「雑誌に載るとドーンと集中的にお客さんが来ます。そこから普通に経営できるぐらいにはなってきていました」
半年間をどう乗り越えたか―SNSへの地道なアプローチと常連客の存在
開業から半年、お客さんがほとんど来ない時期をどう乗り越えたのか。
「行動としては、SNSの更新をひたすらやりました。まだインフルエンサーで溢れてない時代だったので、自分でコンテンツを充実させることが大事だと思って」
具体的には、「#京都グルメ」で検索して京都のグルメ投稿をしている人に片っ端からいいねを押した。
「『納豆創作料理からいいねがされました』って通知が出るじゃないですか。祇園って書いてあるし、京都なんだなと思って見に行く。こんなお店があるんだってなると思ったから、それは結構大事にしました」

そして何より、精神的な支えとなったのは、少ないながらも通ってくれる常連客の存在だった。
「ゼロではなかったので、たまに来てくれるちょっと常連さんっぽい人もついてきて。その人たちがモチベーションで、相談したり支えてくれたりして、頑張ろう、見返したいって思えました」
そして何より、自分の商品への自信があった。

「絶対美味しいって、絶対これは美味しいから大丈夫って自分に言い聞かせてました。自分の愛の強さが大事ですね。納得いってないもので商売しても、それって伝わっちゃいますから」
成功の転機―「幸せ!ボンビーガール」優勝で一気に全国区へ
メディア露出が増え、経営が安定してきた頃、さらなる転機が訪れた。
「『幸せ!ボンビーガール』という番組の開業ガールズコンテストに出て、優勝したんです。全然優勝すると思ってなかったんですが」
このコンテストは、開業したもののコロナ禍で苦しんでいる女性経営者たちが、自分の料理を審査員に食べてもらい、コンセプトと味を評価してもらうというもの。
「コロナで大打撃を受けたという話もしながら、納豆料理を食べてもらって評価してもらう企画でした」
優勝後の反響は凄まじかった。
「ゴールデンタイムの全国放送だったので、もう電話が鳴り止まなくて回線がパンクするぐらい。Instagramのフォロワーも、更新するたびに数字が増えていくような状態で、どうしようって思いました」
その後、予約が取れない店となった。
「1ヶ月の予約が10分で埋まるみたいな感じになって。月に1回何日かに予約を開放して、10分で止まって、また1ヶ月後みたいな感じでやってました」
失敗談②:スタッフを雇ったことでみえた経営の難しさ
順調に見えた経営だが、妊娠をきっかけに大きな転機が訪れた。
「妊娠してつわりもあったので、初めてスタッフに店を料理を教え込み、店を任せることにしました。」
オーナーとスタッフの当事者意識の違い
「自分のお店っていう視点と、スタッフとして働いている人の視点では当事者意識が違う。人を雇うっていうことが難しいなって思いました」
結局、4年半のタイミングで閉店を決断した。
「お店をやるのと、自分で一人でやるのと、スタッフを雇って経営していくのは全然違う。私はそっちは向いてなかったなと思っちゃいましたね」
これから店舗を開業する人へのアドバイス
最後に、これから店舗を開業したい人へのアドバイスを伺った。
①初期費用を徹底的に抑える
「皆さんが後悔するのは、初期費用を回収していくことだと思います。スケルトンの状態から理想のライトや家具を置いて、何千万の借金を作ってしまったら、家賃と自分の給料と従業員の給料とその初期費用の回収を返していくのがしんどい」
夏見奈央子さん自身は居抜き物件を活用し、300万円という低予算で開業した。
「居抜きで、机も椅子も全部使いました。こだわりは正直反映できなかったけど、まず成功させることが大事。成功したらまた次のステップで綺麗なお店を作ればいい」
②「名物」を作る―メディアに取り上げられる戦略
「飲食店なので、名物は絶対いると思います。珍しい、『おっ』ってなる名物。みんなが見たことないような名物があれば、絶対メディアがほっとかないから」
メディアに取り上げられることで、集客が一気に加速する。
「それが一番大事だと思います。だから何々専門店とか、居酒屋だったら一個『これだけは』っていう店の目玉、『これを食べたいからここ行こう』みたいなぐらいの勝負の一品は絶対に作った方がいい」
さらに、SNS時代における戦略として、こう語る。
「本当にそれだけがInstagramとかで一人歩きして、勝手に集客が広がっていくんです。自分の知らないところで」
③広告費にお金をかけるより、メディアに取り上げられる工夫を
「ホットペーパーとか食べログとか、こっちからお金払えばいくらでも宣伝してくれるけど、今の時代にそこにお金をかけるのはもったいない。無料で向こうから来てくれるから、それに乗っかるのが一番節約できると思います」
④立地の「色」を事前に知っておく
祇園での経験から、夏見奈央子さんが学んだのは、立地の「色」の重要性だ。
「京都の祇園のような、特別な土地の色を事前に知っておくべきだったなと思います」
今後のビジョン―「納豆巻き専門店」への挑戦
現在、夏見奈央子さんは2歳の娘を育てながら、次の展開を考えている。
「おにぎりが今流行ってるじゃないですか。でも流行る前からずっと目をつけてたんです。納豆巻きっていうか、納豆おにぎりというか、手巻き納豆みたいな感じで」
コンビニには必ず納豆巻きがあるが、レパートリーは少ない。
「納豆巻きの専門店を作りたいです。ショーケースにいろんな納豆巻きが並んでいて、おにぎりと納豆巻きの間みたいな感じで」

屋号は「夏豆」のまま、商品を変えて新たな挑戦をする予定だ。
「数年後かなと思ってますが、また現場には立ちたいと思ってます」
物件選びは「フィーリング」を大切に
現在も物件をちらちら見ているという夏見奈央子さん。物件選びの基準を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「本当にフィーリングですね。最初にちょっと『ん?』って思ったところは絶対後からもっと大きく『ん?』ってなってくるから」
写真や文章でよく見えても、実際に見に行ったときに「なんか嫌」と思ったらダメだという。
「気が悪いなっていう感覚って大事だと思います。引っ越しと同じ感覚で物件選んでる感じですね」
そして、焦らないことも重要だ。
「だから何月までに出そうとか、そういうんじゃなくて、いい物件があったら出すっていう方が絶対いい。締め切り決めて無理やり嫌な物件を契約してしまったら、もし流行らなかった時に『物件がやっぱりダメだったんだ』って思うのも嫌だし、それが結局自信にもつながってくると思うから」
全部納得いく形で状態が整ったら、go。それが理想的だという。
まとめ
夏見奈央子さんの4年半の経営から学べるのは、「完璧な準備」よりも「行動力」と「柔軟性」の重要性だ。
居抜き物件で初期費用を300万円に抑え、1ヶ月の短期修行でスタート。開業直後はコロナ禍と祇園の「壁」に苦しみながらも、SNSでの地道な活動と自分の商品への自信で乗り越えた。
そして、メディアに取り上げられることで一気に全国区の人気店へ。しかし、従業員を雇うことで新たな壁にぶつかり、閉店という決断をした。
「初期費用を抑える」「名物を作る」「メディアに取り上げられる戦略」「立地の色を知る」「人を雇うならチェック体制を作る」――これらのアドバイスは、すべて彼女の実体験から生まれたものだ。
そして何より印象的だったのは、「自分の商品への愛」を語る姿勢だった。
「絶対美味しいって自分が自信持って思ってたから、絶対わかってもらえるって言い聞かせてました。自分のやっぱり愛の強さが大事。納得いってないもので商売しても、それって伝わっちゃいますから」
現在は新たな「納豆巻き専門店」の構想を練りながら、いい物件との出会いを待っている夏見奈央子さん。次の挑戦にも、きっと彼女らしい情熱と戦略が詰まっているはずだ。
編集後記
今回のインタビューで最も印象的だったのは、夏見奈央子さんの「行動力」と「率直さ」だった。
会社員時代から開業準備を進め、物件が見つかればすぐに契約、1ヶ月の修行を経てすぐに開業――そのスピード感は圧倒的だ。
そして、成功談だけでなく、「祇園の壁」「従業員との温度差」「閉店という決断」まで率直に語ってくださった。
特に、「人を雇って経営するのは向いてなかった」という言葉には、経営者としての葛藤が感じられた。しかし同時に、それでもまた「現場に立ちたい」と語る姿勢からは、納豆への変わらぬ情熱が伝わってくる。
「初期費用を抑える」「名物を作る」「メディアに乗っかる」――これらは単なる理論ではなく、すべて彼女が実践し、結果を出したノウハウだ。
これから飲食店を開業する人にとって、夏見奈央子さんの経験は貴重な道標となるだろう。
次の「納豆巻き専門店」がどんな形で実現するのか、今から楽しみでならない。

これから店舗経営を考えている方には、ぜひ夏見奈央子子さんの言葉を参考にしていただきたいです!
初期費用300万円という具体的な数字、居抜き物件の活用、メディア戦略の重要性、そして何より、自分の商品への「愛」を持ち続ける姿勢。これらはすべて、現場で培われた知恵だと思います。
夏見奈央子さんの次の挑戦にも、引き続き注目していきたいと思います!










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