金沢市の繁華街でダイニングバー「ダイナーズレゾン」を約9年間経営した宮川さん。
元ホストという異色の経歴から飲食業界に参入し、大学生を中心とした独自の集客手法で順調に店舗を拡大。
しかし2020年、予期せぬ事態により全店舗からの撤退を決断した。
今回は、開業から撤退までの道のり、そして「失敗」ではなく「判断」として店を畳んだ経営者の率直な声をお届けする。
ダイナーズレゾン─経営者プロフィールと店舗概要

「宮川です。石川県金沢市の繁華街で、約9年間飲食事業を展開していました」
宮川さんが経営していた「ダイニングバーレゾン」は、30〜40名が入る店舗。メインターゲットは大学生を中心とした若年層で、飲み放題付きのコース料理を提供していた。
店舗数は最大で3店舗。ダイニングバー、ガールズバー、そしてテイクアウト専門の鯛焼き屋を展開。さらにパーソナルトレーニングジムへの投資も行っていた。

異色の開業ストーリー─元ホストからの転身
宮川さんの飲食業参入は、意外な経緯から始まった。
「元々ホストをやっていて、地元金沢の大きな店舗で2年ほどナンバーワンでした」
24歳頃、世間との接点を求めて小さなバーを開業。しかし、その開業資金は驚くほど少なかった。
「手出しゼロでスタートしたんです。前にバーをやっていた人が飛んじゃって、居抜き物件として紹介してもらいました」
資金調達はしていない。初期投資ゼロ。そんな状態でスタートした小さなバーは、オープン直後こそ友人で賑わったものの、その後2週間ほど客足が途絶えた。

大学生の囲い込み戦略─地道な集客の始まり
客足が途絶えた状況を打破したのは、元ホスト時代の人脈だった。
「繁華街の知り合いに『バーを始めたらしい』という噂が広がって、アフターで使ってもらうようになりました」
そこから宮川さんが目をつけたのが、大学生のサークル・部活動だ。
「友達を連れてきてくれたら、その分をタダにする。5人連れてきてくれたら幹事の分は無料。そうすると、幹事をやっている先輩が次の幹事にだけその情報を教えるんです」
最初は5人、10人だった団体客が、徐々に30人規模に。
「3,000〜4,000円の学生向けコースでも、30人集まれば十分な売上になります」
さらに、ダーツバーが多かった当時の繁華街で差別化を図るため、カラオケを設置。100インチ超のスクリーンを導入し、ワールドカップのパブリックビューイングやゲーム大会も開催した。
「普通の生活で、大きなスクリーンでウイニングイレブンなんてできないじゃないですか。そういう『特別な体験』を提供しました」

ダイニングバーへの移転─規模拡大の理由
バーの経営が軌道に乗った約1年後、宮川さんはダイニングバーへと移転を決意する。
「若い子たちと長くワイワイやれる店を作りたかった。それに、料理もつけて単価を上げたかったんです」
実家が割烹料理店で、自身も板前の経験があった宮川さん。料理の腕には自信があった。
「お酒だけを売るよりも、料理も売った方がいい。それに当時は『安かろう良かろう』の時代で、3,500円で2時間飲み放題を出すと、隣の店が3,300円にしてくる。そんなデフレ競争の時代でした」
差別化のポイントは、コスト管理と料理のクオリティだった。
「冷凍の唐揚げを使うと唐揚げにしかならない。でも鶏肉で仕入れれば、いろんな料理に展開できる。使い回しが効いて、見栄えも取れる。そういうメニュー設計を心がけました」


独自の仕入れ戦略─体力をコストに変える
仕入れについても、宮川さんは独自の工夫を凝らしていた。
「業者を使う部分もありましたが、最初の頃は本当にスーパーで買ったりしていました」
店舗が軌道に乗り、従業員を雇えるようになってからは、さらに大胆な手法を取り入れる。
「石川県の奥の方に行くと岩牡蠣が取れるんです。漁業権を取って、自分で牡蠣を取りに行きました。体力がコストです」
米作りをしている友人の農家を手伝い、米を分けてもらうことも。
「コストをかけずにやる。それが当時の自分のスタイルでした」
学生ビジネスの真髄─固定客化のサイクル
大学生をターゲットにした理由は、明確だった。
「息が長いんです。新入生が入ってくると、新歓からコンパまで長い期間使ってくれる。定期的にイベントがあるので、売上が見込みやすい」
さらに、学生をアルバイトとして雇用することで、人材確保と集客を両立させた。
「バーで働いているのを友達に見せたい子っているじゃないですか。そういう子を使って、友達を10人、20人呼んでもらう」
一方で、学生が多い店は敬遠されがちという懸念もあった。しかし、宮川さんはそこにも活路を見出した。
「ガヤガヤしているところには紳士的な人は来ないけれど、ガヤガヤが好きなおじさんたちは来るんですよ。『若い奴らはいいな』って羨ましそうに飲んでいるおじさんがカウンターにいて、団体の料理を作りながら一緒にお酒を飲む。そんな光景が日常でした」
営業時間は12時間。前半は大学生で賑わい、後半は水商売のアフター客が集まる。時間帯によって客層が変わる独自のビジネスモデルだった。
「学生は2時間で泥酔して帰るので、そこから2時くらいまではポツポツのお客さんと話して、後半にアフターの連中が集まってくる。楽しかったですね」

2020年の決断─撤退か延命か
順調に見えた経営に、転機が訪れたのは2020年2月末。
「人生で初めて『パンデミック』という単語を聞きました。何のことか分からなくて調べたら、『これは簡単には終わらない』と理解しました」
繁華街から人が消えた。店は開けても誰も来ない。一方で家賃は発生し続け、食材は腐っていく。
「ビルとの契約書を見ると、退去は半年前申告。その時点で退去を伝えても、9月まで家賃を払わなければいけない状態でした」
さらに悪いことに、宮川さんは直前に別事業のパーソナルトレーニングジムに投資していた。
「キャッシュフロー的に、こちらの飲食店で入ってくるから大丈夫だろうと思っていた額でした」
人件費を削減し、従業員を減らす作業に入った。同時に、パンデミックの歴史を調べた結果、「少なくとも3年は続く」という結論に至った。
テナントとの交渉─そして全撤退へ
宮川さんは、ビルのテナントたちを集めて嘆願書を作成。家賃の減額交渉に乗り出した。
「減額交渉の先頭に立っていたので、50%の減額を受けることができました。でも、それを受け取ると同時に退去の申請を出したんです」
なぜ減額が成功したのに、撤退を選んだのか。
「助成金の申請も始まっていましたが、結局は後払い。キャッシュフローで考えたら、満額で6ヶ月かかるところを3ヶ月分に抑えて、そこで幕を引いた方がいいと判断しました」
もともと「10年継続」を目標にしていた宮川さん。飲食店の10年継続率は10%以下という現実を知っていた。
「目標は10年でしたが、9年で締めることにしました。助成金で延命はできたかもしれませんが、僕は立ち止まるより進む方を選んできたので」
ダイニングバー、ガールズバー、鯛焼き屋。そして投資していたパーソナルトレーニングジムも株をバイアウト。2020年9月末、宮川さんは全事業から撤退した。
振り返って見える「備え」の重要性
撤退から数年が経った今、宮川さんは当時を冷静に振り返る。
「備えていなかったんです。助成金での延命はできたと思いますが、それよりも次に進むことを選びました」
では、飲食店経営に失敗したのか。宮川さんはそうは考えていない。
「あの状況で判断したことに後悔はありません。ただ、これから開業する人には伝えたいことがあります」
これから飲食店を開業する人へ
1. 生活防衛資金を確保する
「すごく当たり前なことですが、収入がゼロになっても半年は生き延びられる資産を持っておいてください」
自分自身の病気や事故、予期せぬ事態。飲食店経営には常にリスクが伴う。
「半年分の生活費がないと、冷静な判断ができなくなります」
2. 初期投資は惜しまない
「技術とコンセプトがしっかりあるなら、初期費用はある程度かけた方がいい。内装、器、お酒の品揃え。空間にお金を払うんです」
居抜き物件でチープに始めた店は、チープな店にしかならない。高単価を目指すなら、最初から投資すべきだと宮川さんは語る。
「居抜きでやれる店は、居抜きの範囲にしかなりません」
3. コンセプトと動線を明確に
「辿り着くまでの動線、コンセプト。そういったものがしっかりしているところには、付加価値として お金を落とせる人が日本には多いと思います」
SNSで広告が打てる時代だからこそ、チープに始めることは可能だ。しかし、それで満足するのか。それとも高単価を目指すのか。
「その違いは、最初の設計で決まります」

飲食店経営を通じて得たもの
9年間の飲食店経営。それは宮川さんにとって、決して「失敗」ではなかった。
「楽しかったです。人がいっぱい来ている状況イコール収入だったので、苦痛を感じる理由がありませんでした」
12時間営業で店に立ち続けた日々。大学生の笑い声、水商売のアフター客、羨ましそうに眺めるおじさん。さまざまな人が交錯する空間を作り上げた充実感。
「従業員としてそこにいたら苦痛だったかもしれません。でも経営者として、自分が作った場所に人が集まる。それは何にも代えがたい経験でした」
今後の飲食業について
現在、宮川さんは飲食業から離れている。
「自分の体に鎖をつけなきゃいけないビジネスは、もうやらないと思います」
ただし、条件付きで可能性は残している。
「誰かやってくれる人がいて、ビジョンがある程度しっかりしているなら。でも、自分が立つのは今のところ考えていません」
まとめ
宮川さんの9年間は、華やかな成功だけではなく、地道な集客戦略と徹底したコスト管理の積み重ねだった。
ゼロから始めた小さなバーが、大学生を中心とした独自のビジネスモデルで成長。複数店舗を展開するまでになった。
しかし、どんなに順調でも、予期せぬ事態は訪れる。そのとき重要なのは、「延命」ではなく「判断」だ。
「助成金で延命はできた。でも僕は進むことを選びました」
この言葉には、経営者としての覚悟が滲む。
これから飲食店を開業する人へ。宮川さんが伝える3つのポイントは、どれも本質的だ。
- 半年分の生活防衛資金
- 初期投資を惜しまない
- コンセプトと動線の明確化
「技術とコンセプトがあるなら、最初から投資してください。チープに始めた店は、チープな店にしかなりません」
飲食店経営は、夢だけでは成り立たない。しかし、正しい準備と覚悟があれば、かけがえのない経験を得られる場所でもある。
編集後記
今回のインタビューで印象的だったのは、宮川さんの「判断力」だった。
多くの経営者が延命を選ぶ中、9年目で全撤退を決断した理由。それは「立ち止まるより進む」という一貫した姿勢にあった。
特に心に残ったのは、「楽しかった」という言葉だ。大変な状況でも、人が集まる場所を作る充実感。それが経営者としての原動力になっていた。
「居抜きでやれる店は、居抜きの範囲にしかならない」
この言葉は、飲食店経営だけでなく、あらゆるビジネスに通じる真理だと感じた。
チープに始めることは悪いことではない。しかし、目指すゴールによって、最初の投資は変わる。その覚悟を持って開業することの重要性を、宮川さんは教えてくれた。
飲食店経営を考えている方には、ぜひ宮川さんの経験を参考にしていただきたい。
成功と撤退。その両方を経験した経営者の言葉には、教科書にはない重みがある。

今回のインタビュー、めちゃくちゃ面白かったです!
「居抜きでやれる店は、居抜きの範囲にしかならない」っていう言葉、本当に刺さりました。最初の投資をケチると、後からどんなに頑張っても限界があるんですよね。
あと、撤退の話なのに宮川さんが「楽しかった」って言い切ったのが印象的でした。
これから飲食店を始めたい人には、ぜひ参考にしてほしい内容です!









